第45回
不老不死についてⅡ
前回は主にサーチュイン(sirtuin)が老化のコントロールをしていると書いた。実はmTORやAMPKという他の長寿遺伝子もあるのだが、取り敢えずサーチュインの活性化について。
サーチュインの中で特に重要なSIR T1(サーティワン)を活性化させる物質がNAD(nicotinamide adenine dinucleotide:ニコチナミド・アデニン・ジヌクレオチド)だ。
NADは全身の臓器、組織に分布しており、生体内の NAD 量はその合成と消費のバランスによって調節されている。当初、補酵素としての NAD は 特に消費されるわけでもなく、その総量は安定していると考えられていた。しかし、実際には NAD の合成・分解は細胞内において常に行われている事がわかった。特に DNA 1本鎖損傷の修復酵素であるPARP(poly(ADP-ribose) polymerases)は、 DNA 1本鎖損傷の修復に、NAD を使った自己ポリADP リボシル化を行うことによって、大量の NAD を消費する。しかもこのDNA 1本鎖損傷は日常的に大量に発生する。細胞1つで1日になんと約 25 万箇所の DNA 1本鎖損傷が発生すると考えられている。
一般に加齢に伴い、NAD 量が減少することが知られており、このNAD量の低下が、臓器や組織の機能低下、ひいては老化に伴う疾患を起こしている。NAD量の低下は、NAD合成とNAD消費のバランスが崩れることによって起こる。
NAD量の消費の増大には NAD 分解系の活性化が重要な役割を果たしている。どうゆう事かというと、細胞内では、加齢とともに活性酸素の産生量が上昇する。そして、これらは二次的なゲノム DNA1本鎖損傷も増加させる。この時、PAPR による NAD の大量消費に対してNAD 合成が追いつかなくなると、身体中の臓器に存在しているNADが消費され 、NAD量の減少が起こる。
実際に肝臓や心臓、腎臓、肺では加齢に伴ってPARP-1 活性が亢進することが報告されており、NAD量の変化と相関を示すことが知られている。
一方、NAD合成の主要な経路は、NAMPT(nicotinamide phosphoribosyltransferase:ニコチナミド・ホスホリボシルトランスフェラーゼ)という酵素によって制御されている。ビタミンB3の一種であるニコチナミド(nicotinamide)が出発物質とり、NAMPTはニコチナミドを、NMN(nicotinamide mononucleotide:ニコチナミド・モノヌクレオチド)に変換する。そして、NMNはさらに別の酵素によってNADに変換される。つまりは、NAMPTはNAD合成の中間体物質であるNMNの産生を促進することによって、間接的にNADの合成の促進を行う。そして、NAD合成を促進することによって、NAD依存性タンパク脱アセチル化酵素であるSIRT1の活性を増大させ、強力な抗老化作用を発揮する。
ここで、面白いことがある。一般に飢餓がサーチュイン遺伝子を活性化させると考えられている。つまり、痩せた人が長生きする様なイメージだ。「やっぱり肥満は敵だ!」と思うのだが、太ってる方にちょっといい話。実は、NAD産生を促進する、このNAMPTという酵素には、二つの型がある。「細胞内型」のiNAMPTと「細胞外型」のeNAMPTだ。
iNAMPTはNAD合成系酵素としての機能わかっている。iNAMPTは脂肪組織の中でアセチル化されており、NAD依存性タンパク脱アセチル化酵素であるSIRT1によって脱アセチル化されると、脂肪組織から分泌され、eNAMPTとなる。
血液中を循環しているeNAMPTは単なるタンパク質として存在しているのではなく、EV(extracellular vesicles;:細胞外小胞)に封入された形で血液中を循環している。
そして、EV中に封入されたeNAMPTは、EVが遠隔にある臓器、組織の細胞に到達すると細胞膜に融合し細胞質の中に送り込まれる。すると、iNAMPTとしてNAD合成を行う。つまり、「細胞外型」eNAMPTは「細胞内型」iNAMPTが脂肪組織から他の臓器、組織へ移行するために変異した型ということだ。
別の見方をすると、脂肪組織がeNAMPTを内包するEVを分泌することにより、全身性にNAD合成能を伝達、促進し、老化・寿命の制御に重要な役割を果たしているということになる。
老化、寿命に関しては視床下部の神経細胞群が、その制御に重要な役割がある事がわかっていた。ところが、なんと、脂肪組織も老化、寿命に関与している事になる。
実際、長生きの人ってちょっと小太りの方が多い様な気がしません?ちょっとだけね!
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 86. マクロファージと不妊治療
- 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長