第83回
中国出張顛末記Ⅲ
翌日は科学技術大学の教授との面会だ。海外ではよくある、警備員の立ってる仕切られた地域にある建物の一室に案内された。多分、この建物の持ち主の社長さんがおられて、ひたすらお茶を入れてくれる。中国ではお茶を入れるための机があって(独特のものだが、中国行くと必ずある。興味のある人は調べてみて。)、主人がつねに小さい茶碗にお茶を注いでくれる。飲むとすぐに注いでくれる。こうして机の周りで会話するのが中国流。そこには少々年配の女性の先生。専門が代謝で、要は糖尿病。なかなかシャキシャキとしたおばあちゃんなのだが、まあ、女医さんあるあるで、大学なんかに時々居られるタイプの方だ。私の母校は元々「女子医専」だったから、このような女傑タイプの先生は手慣れたもんだ。しかも自分で言うのもなんだが、結構気に入られやすい。
そしてこの方がよく喋る。幸か不幸か「私、英語そんなに上手じゃないので中国語でごめんね。」と来た。こちらも中国語訛りの英語で巻くし当てられるより、通訳から聞いてる方が気が楽だ。Y嬢は中々医学的なことも慣れているせいか通訳上手なのだ。長々と話したのだが、要約すると「最新の研究成果を、臨床に活かしている先生は素晴らしい。」と、「私もなるべく心掛けているが。中々実際には難しい。」。やっぱ気に入られたか?
で、この先生、さっきも言ったように糖尿病なんかが専門だから、患者はなんと大臣クラスから、省のトップクラスばかりなんだそうだ。しかもそんな大物相手に怒鳴るらしい。「あんた!言うこと聞かんかったらもうみてやらんから帰れ!」大阪弁に訳すとこんな感じらしい。で、大臣たちが「すんません。今度からはちゃんと言うこと聞いて節制しますから堪忍して下さい。」と謝ってるらしい。ねえ、女医さんあるあるでしょ。だいたい糖尿の中年男性なんて節制しないわな。私なんか舐められて中々こうは行かないわ。でも、ここ中国だし。下手な官僚なんかが、こんな事したら次の日から消えてそうで怖い。
この先生、学長先生とも懇意のようで「今日は予定合わなかって会えなかったけど、よろしゅう言うとくわ。」やっぱ気に入られた!
で、まあ面接?は合格なんだろうな?
ついでに言うと、さっきの社長がなんで居るのか訊いてみたのだが、今不動産がダメで、投資先がないから この教授にくっついてて、情報もらってるらしい。なんかお茶係やってるけど、こんな建物持ってる社長さんだからきっと偉いんだろうな。まあ、大臣に怒り散らす女傑の先生にしたらどうって事ないんだろうけど。
Y嬢「先生、この教授に言ってもらったら、すぐお金でるよ。」いくらなんでもなー。初対面で、講演の話しに来たんだからなー。せっかく信用してもらえたんだから、ここは我慢、我慢。
次にN博士の研究室へ。中国には政府が研究施設用意して、選ばれた企業がそこで色々な施設を自由に使える研究室が、上海と蘇州にある。上海の方がやや商業的らしい。N博士の研究室は蘇州の方で、3社しか入れないのに、設立間もない彼の会社がコンペで勝って入れたそうな。相当な事らしい。
で、彼の研究スタッフ(彼は一応社長だから従業員ということになる。)と一緒に説明を受ける。まだ発表前なので詳しくは言えないが、エクソソームの電子顕微鏡写真がでた。ちょっと言うと、これにある物質を封入しているのだ。「えー!こんなこと出来るの?」「フフフ、はい。」。なんかドヤ顔で答える。それだけじゃなくて、「organoid(人工微小臓器)」作ってた!。何に役立つのかと言うと、動物実験が不要になる。最近は動物愛護の観点からも推奨されつつあり、FDAも認めてたはず。特に腸管モデルは秀悦で、マクロバイオーム一つ毎に試せるんじゃない?って思ったよ。あ!内緒、内緒。やっぱすごいなN博士!
因みに、単純なorganoid作ってるアメリカのベンチャーの時価総額が460億ドルだって。ほんとかどうか確認してないけど、あの大変な動物実験から解放されるとなるとそのくらいの価値がつくのだろうかなあ。アメリカだし。まあ、何もしなくても実験が始まると、毎日毎日餌やりに動物舎行かないといけない。実験やってない期間も1日もかかさずだ。下っ端の研究者は自分でやらないといけない。それに流石にネズミ、モルモットでも実験で殺すのは忍びない。循環器の方は犬やら豚やらもっと大変みたいだったらしい。私は研究分野が「免疫組織」だから人体の検体使うので動物実験は直接しなかったが、同僚のなどみてると気の毒になる。知り合いの真面目な女医さんが、阪神大震災のあの大変な時に、なんとか大学駆けつけてネズミに餌やった話なんか、どう評価して良いかわからなかったわ。
こっちは被災地入ってるのに。しかし、かように実験動物とは身の危険を冒してまで守らねばならないという教訓と言うことで。
これらの手間が無くなるのは大変良いことだし、近年はむやみやたらに動物実験してはいけないようになってるから、研究の進展にも大いに寄与するだろうな。すごいなN博士!
後日談だけど、「あの研究凄いと思うけど、アイツ金銭感覚ないから会社とられないか?」 Y譲「そうなのよ。この前作った会社は結局安くとられちゃったのよ。日本に持ってて下さいよ。」だって。どなたかスポンサーいませんか?
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 86. マクロファージと不妊治療
- 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長