第16回
腸内フローラとアレルギー
現在でも発展途上国では乳幼児はウイルスや細菌などの病原微生物にさらされている。結果、感染症で命を落とす乳幼児が依然多いことも事実だが、一方でT細胞には Th1優勢(Th1>Th2)へのシフトがほぼ確実にみられる。反対に良好な衛生環境の先進国では、病原微生物にさらされる危険性が少ない上に、直ぐに抗生物質が投与される。おかげで感染症で命を落とす乳幼児は少なくなっているが、T細胞は胎児、乳幼児期のTh2優勢 (Th1< Th2)のままで、Th1優勢(Th1>Th2)へとシフトがうまくいかないと考えられる。その結果 IgE抗体を主体としたアレルギー・アトピー性疾患発症へとつながるとされている。
実際、先進国では小児の約20%に気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などのアレルギー・アトピー性疾患がみられるという。一方これらの疾患は発展途上国の小児にはほとんど発現していない。
また、少し面白い説として、有害な病原微生物に対抗することで発達した抗体や T細胞受容体(TCR)などは、衛生環境が良過ぎて有害な病原微生物と遭遇する機会が稀になると、本来免疫の攻撃対象にならないような、われわれの体表面(皮膚や粘膜)の常在菌叢や、病原性の弱いウイルスに向けられるというのだ。
これらに対する獲得免疫応答の暴走が、各種アレルギー・アトピー性疾患を引き起こすというものだ。なかなか、的を得ているように思えるのだが、いかがだろうか?
さらに、これらの疾患の発症には腸内フローラが関与していると言われている。
生後の腸内フローラ形成は主にお産の時に母親から与えられる菌の定着から始まって、順次、個人特有のフローラが形成されていく。さらに、この腸内フローラの正常な形成が腸管上皮細胞膜上の糖鎖構造の変異に基づいておこなわれているとも言われている。
そして、この腸内フローラの個々の菌種の数の増減や消失、さらに特異な菌種の著しい増加が、宿主の免疫応答に異変をもたらすことによって、アレルギー・アトピー疾患が発症するとする説がある。
実際、アトピー性皮膚炎の患者の腸内フローラでは、Enterococcus、Bifidobacterium、Bacteroidesなどの腸内細菌が減少し、逆にClostridium、Stapylococcus aureus などの腸内細菌が増加傾向がみられる。
また、食品アレルギー患者(アトピー性皮膚炎も一部ある)では、腸内フローラのBifido-bacterium / Clostridiumの比率が下がり、Staphylococcus aureusが増加している。それに伴い糞便中の分泌型IgA抗体量や上皮内のIgA抗体量が減少する。
その結果、ウイルスや細菌などの病原微生物に対する免疫力が低下するという事らしい。また、アトピー性皮膚炎や食品アレルギーの乳幼児の腸内フローラには、乳酸産生菌の減少がみられることも示されている。
そのほかにも、検査不可能な腸内フローラの変動による疾患の発症も数多く引き起こされていると思われる。
例えば、成人の腸内フローラで特異的な菌種が急激に増加しても、全体で100兆個以上存在するという腸内細菌群の中では 、微々たる増加でしかない。このため、この菌種を同定することは不可能だ。しかし、この菌の特異的な増加により免疫応答が始動し、炎症性腸疾患など が引き起こされている可能性は十分考えられる。これなどは「原因不明の腸炎」などとされてしまうのである。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 86. マクロファージと不妊治療
- 85. 中国での幹細胞治療解禁
- 84. 過渡期に入った保険診療
- 83. 中国出張顛末記Ⅲ
- 82. 中国出張顛末記Ⅱ
- 81. 中国出張顛末記
- 80. 保険診療と自由診療
- 79. マクロバイオームの精神的影響について
- 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
- 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
- 76. 中国訪問記Ⅱ
- 75. 中国訪問記
- 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
- 73. 口腔内のマクロバイオーム
- 72. マクロバイオームの遺伝子解析
- 71. ベトナム訪問記Ⅱ
- 70. ベトナム訪問記
- 69. COVID-19感染の後遺症
- 68. 遺伝子解析
- 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
- 66. 癌細胞の中の細菌
- 65. 介護施設とコロナ
- 64. 訪問診療の話
- 63. 腸内フローラの影響
- 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
- 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
- 60. 癌治療に対する考え方
- 59. COVID-19 第7波
- 58. COVID-19のPCR検査について
- 57. 若返りの治療Ⅵ
- 56. 若返りの治療Ⅴ
- 55. 若返りの治療Ⅳ
- 54. 若返りの治療Ⅲ
- 53. 若返りの治療Ⅱ
- 52. ワクチン騒動記Ⅳ
- 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
- 50. ヒト幹細胞培養上清液
- 49. 日常の診療ネタ
- 48. ワクチン騒動記Ⅲ
- 47. ワクチン騒動記Ⅱ
- 46. ワクチン騒動記
- 45. 不老不死についてⅡ
- 44. 不老不死について
- 43. 若返りの治療
- 42. 「発毛」について II
- 41. 「発毛」について
- 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
- 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
- 38. COVID-19の「集団免疫」
- 37. COVID-19のワクチン II
- 36. COVID-19のワクチン
- 35. エクソソーム化粧品
- 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
- 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
- 32. 熱発と免疫力の関係
- 31. コロナウイルス肺炎 III
- 30. コロナウイルス肺炎 II
- 29. コロナウイルス肺炎
- 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
- 27. ストレスプログラム
- 26. 「ダイエット薬」のお話
- 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
- 24. マクロファージと腸内フローラ
- 23. NK細胞を用いたCAR-NK
- 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
- 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
- 20. 肥満とマクロファージ
- 19. アルツハイマー病とマクロファージ
- 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
- 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
- 16. 腸内フローラとアレルギー
- 15. マクロファージの働きは非常に多彩
- 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
- 13. 自然免疫と獲得免疫
- 12. 結核菌と癌との関係
- 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
- 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
- 09. 癌治療の免疫療法の種類について
- 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
- 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
- 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
- 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
- 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
- 03. がん治療の現状(3)
- 02. がん治療の現状(2)
- 01. がん治療の現状(1)
- 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
- がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
- 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
- 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
- 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
- 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長