第77回
マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
以前からちょこちょこ報告していた、マクロバイオームの遺伝子解析がやっとできる様になった。要は、検体の輸送条件や前処置にあたるPCRや実際の解析装置での解析、更にそのデータを癌センターで解析してもらって完了となるのだが、ところどころ細かい問題点が出て実用化には時間がかかってしまった。もちろん、こちらのマンパワー不足が否めないのだが、癌センター側もこちらが想像してたより遥かに作業量が多い事になってて、中々大変だった。
まず、検体処理と輸送。便、唾液、皮膚の3種類の検体の採取法からの検証が必要となる。まあ、便と唾液は実績があるので比較的わかりやすかったが、皮膚は採取機材の選定からどの部位をどの様に採取するかの検討から始めなければならない。
明らかな病変部があれば部位的にはそこが良いのだが、そうでない場合、例えば、びまん性の病変や疾患ではないけれど皮膚の状態を検証したい場合などはどこの部位で採取すると良いか検討しなくてはいけない。一検体の検査コストがバカにならないので、病理検査のように一人何箇所も検査するというのは現実的ではない。
また皮膚の条件として、皮脂をどのぐらい取り除くかなど分析に影響が出ない条件も合わさないといけない。特に女性の場合は化粧を落としてもらうのは当然だが、その場合の条件もそろえておかないと比較できなくなる恐れがある。
かといってあまり厳密な基準を設けるとかえって守れなくなるのが世の常だ。で、できるだけ簡素に、効果的にとなると、これはこれで結構難しい。お察しと思うが、私は化粧に関してはまったくの素人だ。まあ、世の私のご同輩達の男性は化粧なんぞしたことが無いと思う。
余談だが、以前うちの化粧品(医薬品認証出来ないから化粧品扱いになってるのだが。)の開発の時、担当の若手の野郎。いやちょっと女性っぽい男性から「先生、化粧しないんですか!?」と詰め寄られ、「だから、担当の女性連れてきてるやろ!」と動揺を隠すためにキレ気味に返した事があった。その時「男も化粧する時代が来る!」と確信したのだが、私自身は一向に実践できずに今日に至っている。ちなみにコロナ以降マスクを外さない女性がまだいる。うちの秘書もそうなのだが、「美人はマスクすると勿体無いでえ~」と揶揄すると「化粧しなくていいから。」とにべも無い返事。なんかオチのない話ですいません。
というわけで、やっとのことで、検体の採取条件を検証した。
そして、次は搬送条件だ。採取してからウチの研究室までどの様に送れば良いか、色々な場合に分けて検証する必要がある。搬送自体は以前よりPCR検査をやっていたので、業者や手順はわかっていたが、検体の状態がどの様に変わると、検査成績にどの様に影響するかを比較して、無理、無駄、ムラのない(なんか昭和っぽいフレーズだが))方法を決定しなければならない。
これもあまり採取後の処理や輸送方法が煩雑になると検査の数がこなせなくなるからだ。更に、現実的な問題としてコストに跳ね返ってくるからだ。この検査、試薬代だけでもcovitのPCRなんかに比べ、まさに桁違いにかかる。
そもそも、遺伝子解析装置にかけるまでの前処置でPCRを2回かけないといけない。検体の取り扱いも桁違いに厳格になってくる。ほんと、PCRやってた経験があって良かったと思う。スタッフも癌センターに研修行ったりして手技を覚えてきたのだが、基礎ができてないとわからなかったと思う。あっちだって、忙しいのにズブの素人に来られても困ってしまっただろう。
もちろんこのプロジェクトに関わる癌センターの研究員たちは超一流の方々で、コンピューター解析なんか日本でこの人しかできないんじゃないかというレベルの人がいてる。三度の飯より研究が好きな人たちだ。教授曰く「飯さえ食えたら何にもいらない様な連中」だそうだ。ただし皆さんかなりの呑兵衛らしい。酒は要るのかな?
ところが、検査するには金がかかる。この人達は当然、コストの感覚が全くない。で、こちらが考えないと困るわけだ。
そんなこんなで、やっと分析結果が出たのだが、ここでも一悶着。
癌センターのN君から解析結果をウチのTに送って貰ったんだが、これが何か理解できなかったらしい。
バイオームの分類で門やら属やら延々分類が続くのだが、これが何%と言っても分からなかったらしい。「もっと詳しく(易しく)出ませんか?」ってメールしたら、「この程度のことが理解できないなんて、今後一緒にやっていけるか不安です。」みたいな返事が返ってきて一悶着。
落ち込んでるTに優しいアドバイス、「表記は属まででいいから、上位10個のバイオームグラフにして、各バイオームの解説を併記してごらん。」で、なんとか一般人向けの検査結果の雛形ができました。相当苦労したみたいだけどね。
「相手は学者さんばっかりと話してんだから、一般人がわかる様な会話してないんだからね。英語で喋ってる外人に大阪弁で説明してくれって言ってるみたいなもんだから。悪気はないと思うよ。」と慰めといた。実際N研究員、アメリカでもmRNAなんかで結構な実績上げてたみたい。
次の週のミーティングは、最初緊張気味だったが、案の定N君も全く悪気なく、ディスカッションも和気あいあいと進んで、大体の方針が決まった。ほらね、できる研究者ってお世辞やオブラートが苦手と言うより、そんな概念無いから。私のような臨床医との違いだと思いますが皆さん如何?
ただ、一つショックだったのが、データの解析に、以前APPLEから「こんなの何に使うんですか?」って確認の電話が来たぐらいのフル装備のMACが一度の解析で丸3日かかるんだって!「検体数増えたらワークステーション欲しいですねえ。」「・・・・・ワークステーションっていくら?(心の中で叫んだよ。怖くて聞けなかった)」恐るべし遺伝子解析、恐るべし出来る研究者!
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
- Dr.中川泰一の
医者が知らない医療の話 - 86. マクロファージと不妊治療
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