医者が知らない医療の話
このページをシェアする:
第23回

NK細胞を用いたCAR-NK

《 2019.08.10 》

 前回、いろいろ書いたCAR-T。一部の癌には非常に有効だが、問題点は2つ。1つは拒絶反応のため自家の細胞しか使用できない事。2つ目は基本的にT細胞はほとんど癌細胞を認識・攻撃しない。その為にCAR技術によって導入された遺伝子により特定の標的 物質を認識させ相手の細胞を攻撃さているのだが、裏を返せば標的物質を発現している細胞以外は癌細胞であっても攻撃しない。

 つまり、CAR-Tでは治療効果が認められるのは今のところ主にB細胞が癌化したリンパ腫の一部だ。 同じ血液癌でもミエローマには効かない。そして、一般的な固形癌に対して効果が認められないので、癌治療の対象としては非常に狭いのだ。なぜリンパ腫以外は効かないかは、はっきりとわかっていない。一説にはCAR-T細胞は固形癌に対しては腫瘍内部に侵入出来ないらしいが、なぜ出来ないかは未だ解明されていない。

 更に言えば、1つ目の理由から培養するT細胞は患者さん本人の細胞を用いる必要がある。いわゆる自家培養しなければならないので、当然、膨大な手間とコストがかかる。

 そこで注目されているのが、NK細胞を用いたCAR-NKだ。NK細胞を用いれば、他人の細胞に対して拒絶反応を示さないので、理論上GVHD、自己免疫疾患、サイト カイン放出症候群などの厄介な副作用はいずれも発症しない。今のところ報告されている副作用は発熱ぐらいだ。これから実際に治療した症例が増えてくるとどうなるかは不明だ。今のところこれといった副作用が見られていないのは、実際に起こり難いのか、日本では未だテスト段階で余り強力に治療してないからなのか分からない。

 更に、CAR−NK のメリットとしては、CAR技術によって導入された標的認識の他にNK細胞自身の認識能力 が働くので、CAR-Tよりも幅広く、様々ながん細胞を攻撃できるのだ。 T細胞と違い、NK細胞を用いれば固形がんに侵入し攻撃してくれ、またミエローマも攻撃するであろうと考えられている。

 そしてもう一つ大事なこととして、CAR-Tの欠点としては最初は高い奏効率を上げることはあるが、1年もするとかなりの割合で再発するらしい。標的物質を発現していない為に攻撃されない癌細胞がわずかでも残っていれば、それらの癌細胞が増殖するからだ。その点、 CAR −NK ならCAR 技術では認識できないものもNK細胞本来の認識能力で攻撃してくれるだろうから、最終的な治療効果は高いのではないかと期待されている。

 ところで、前回少し触れた中国の研究所の話だが、彼方の主任教授が「私の研究成果を見てください。」と言われて見せられたのが、正にこのCAR−NKで、CAR−Tとの比較研究であった。そして発表前なのか教授ご本人に確認してないので詳しくは省くが、驚いたことにCARーNKではかなりの数の固形癌症例の治療成績があった。ちょっと臨床データーとしての比較の仕方どうかと思ったが、この辺のアドバイスは私の仕事だ。

 彼の国では、もちろん限られた施設だけだが、「研究目的」なら臨床症例を積み上げるのが簡単なのだ。IPSを残す為、色々と規制をかけてくる日本とえらい違いだろう。

 余談だが、ここの研究所は中国では未だ認可されてない「臍帯血」のバンクも持っている。これも研究目的なら治療に使える。更に臍帯血も1万や2万検体なんかあっという間に集められると言う。私がかつて臍帯血による脳性麻痺症例を共同治療していた、世界で最も脳性麻痺症例に対する他家移植症例を持っている韓国のCHA大学のバンクでも当時で7万検体だったから、この研究所の力が推し量られると思う。何せ中国全土で7箇所しか認められていないグレードの研究所だそうだ。

 臍帯血での再生医療は世界的に最も実績のあるものだが、ご存知のように再生医療等促進(規制?)法のお陰で日本では、事実上禁止となってしまった。この辺の事件の事情は本当に「医者の知らない」世界なので余り知られていない。まあ死人も出てるので、詳しく知りたい人はお酒の席ででも。

 臍帯血治療に関しては、現在まで、私の知るところでは3件申請がなされたがどれも却下だ。そう言えばCHA大学グループの会長が「日本はIPSに拘っていると負けますよ。」と言ってたが。はて、皆さんどう思われます?

 更に中国の研究所の社長曰く「今、中国は不動産バブルが弾けて資金の行き場がない為、再生医療などにはいくらでも資金が集まりますよ。」この研究所だって民間企業なのだ。私は自分のことを「臨床家」だと思っている。より良い治療法を求めているだけで「研究者」ではないと思っているのだが、細々とした稼ぎの中で大学などの権威も無しでやっている身としては、何とも有難い環境でしょ。日本ではIPS使ってCAR−NK作ったりしているようだが、中国侮れませんよ。彼方は世界中から人材集めてますからね。資金もどんどん集まるし。日本だと自由診療に当たる医療の臨床研究なんかにお金出す人なんて居てませんよ。わけのわからん詐欺のような治療やクリニックに、お金出す人は結構居てるけど、この人たちは、医療人ではないので患者さんが治る事には関心がなくて、デタラメでも違法でも儲かれば良いと言う方がほとんどですからね。

 耳の痛い話だが、日本は再生医療の臨床に関しては韓国にすら負けているんですからね。まあ日本も近いうちに色々と解禁して行かざるを得ないと思いますよ。その時まで色々とオファーを頂いてる中国や中東をはじめとする外国でデーター蓄積しておくのが良いでしょうかね。国内は認可の取れる範囲で治療していくしか無いですからね。まあこっちはこっちで頑張りますけどね。

コラムの一覧に戻る

著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


バックナンバー
  1. Dr.中川泰一の
    医者が知らない医療の話
  2. 86. マクロファージと不妊治療
  3. 85. 中国での幹細胞治療解禁
  4. 84. 過渡期に入った保険診療
  5. 83. 中国出張顛末記Ⅲ
  6. 82. 中国出張顛末記Ⅱ
  7. 81. 中国出張顛末記
  8. 80. 保険診療と自由診療
  9. 79. マクロバイオームの精神的影響について
  10. 78. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅲ
  11. 77. マクロバイオームの遺伝子解析Ⅱ
  12. 76. 中国訪問記Ⅱ
  13. 75. 中国訪問記
  14. 74. 口腔内のマクロバイオームⅡ
  15. 73. 口腔内のマクロバイオーム
  16. 72. マクロバイオームの遺伝子解析
  17. 71. ベトナム訪問記Ⅱ
  18. 70. ベトナム訪問記
  19. 69. COVID-19感染の後遺症
  20. 68. 遺伝子解析
  21. 67. 口腔内・腸内マクロバイオーム
  22. 66. 癌細胞の中の細菌
  23. 65. 介護施設とコロナ
  24. 64. 訪問診療の話
  25. 63. 腸内フローラの影響
  26. 62. 腸内フローラと「若返り」、そして発癌
  27. 61. 癌治療に対する考え方Ⅱ
  28. 60. 癌治療に対する考え方
  29. 59. COVID-19 第7波
  30. 58. COVID-19のPCR検査について
  31. 57. 若返りの治療Ⅵ
  32. 56. 若返りの治療Ⅴ
  33. 55. 若返りの治療Ⅳ
  34. 54. 若返りの治療Ⅲ
  35. 53. 若返りの治療Ⅱ
  36. 52. ワクチン騒動記Ⅳ
  37. 51. ヒト幹細胞培養上清液Ⅱ
  38. 50. ヒト幹細胞培養上清液
  39. 49. 日常の診療ネタ
  40. 48. ワクチン騒動記Ⅲ
  41. 47. ワクチン騒動記Ⅱ
  42. 46. ワクチン騒動記
  43. 45. 不老不死についてⅡ
  44. 44. 不老不死について
  45. 43. 若返りの治療
  46. 42. 「発毛」について II
  47. 41. 「発毛」について
  48. 40. ちょっと有名な名誉教授とのお話し
  49. 39. COVID-19と「メモリーT細胞」?
  50. 38. COVID-19の「集団免疫」
  51. 37. COVID-19のワクチン II
  52. 36. COVID-19のワクチン
  53. 35. エクソソーム化粧品
  54. 34. エクソソーム (Exosome) − 細胞間情報伝達物質
  55. 33. 新型コロナウイルスの治療薬候補
  56. 32. 熱発と免疫力の関係
  57. 31. コロナウイルス肺炎 III
  58. 30. コロナウイルス肺炎 II
  59. 29. コロナウイルス肺炎
  60. 28. 腸内細菌叢による世代間の情報伝達
  61. 27. ストレスプログラム
  62. 26. 「ダイエット薬」のお話
  63. 25. inflammasome(インフラマゾーム)の活性化
  64. 24. マクロファージと腸内フローラ
  65. 23. NK細胞を用いたCAR-NK
  66. 22. CAR(chimeric antigen receptor)-T療法
  67. 21. 組織マクロファージ間のネットワーク
  68. 20. 肥満とマクロファージ
  69. 19. アルツハイマー病とマクロファージ
  70. 18. ミクログリアは「脳内のマクロファージ」
  71. 17. 「経口寛容」と腸内フローラ
  72. 16. 腸内フローラとアレルギー
  73. 15. マクロファージの働きは非常に多彩
  74. 14. 自然免疫の主役『マクロファージ』
  75. 13. 自然免疫と獲得免疫
  76. 12. 結核菌と癌との関係
  77. 11. BRM(Biological Response Modifiers)療法
  78. 10. 癌ワクチン(樹状細胞ワクチン)
  79. 09. 癌治療の免疫療法の種類について
  80. 08. 食物繊維の摂取量の減少と肥満
  81. 07. 免疫系に重要な役割を持つ腸内細菌
  82. 06. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(2)
  83. 05. 肥満も感染症? 免疫に関わる腸の話(1)
  84. 04. なぜ免疫療法なのか?(1)
  85. 03. がん治療の現状(3)
  86. 02. がん治療の現状(2)
  87. 01. がん治療の現状(1)

 

  • Dr.井原 裕 精神科医とは、病気ではなく人間を診るもの 井原 裕Dr. 獨協医科大学越谷病院 こころの診療科教授
  • Dr.木下 平 がん専門病院での研修の奨め 木下 平Dr. 愛知県がんセンター 総長
  • Dr.武田憲夫 医学研究のすすめ 武田 憲夫Dr. 鶴岡市立湯田川温泉リハビリテーション病院 院長
  • Dr.一瀬幸人 私の研究 一瀬 幸人Dr. 国立病院機構 九州がんセンター 臨床研究センター長
  • Dr.菊池臣一 次代を担う君達へ 菊池 臣一Dr. 福島県立医科大学 前理事長兼学長
  • Dr.安藤正明 若い医師へ向けたメッセージ 安藤 正明Dr. 倉敷成人病センター 副院長・内視鏡手術センター長
  • 技術の伝承-大木永二Dr
  • 技術の伝承-赤星隆幸Dr