第67回
口腔内・腸内マクロバイオーム
前回も少し触れたが、口腔内マクロバイオームと腸内マクロバイオームは密接に関係している。まあ消化管は繋がっているから当然と言えば当然だが。口腔内の事は歯科の領域というイメージがあるせいか、あまり関連付けては議論にならなかった。ちなみに気道のマクロバイオームもアレルギーや癌などに関係していると報告がある。つまり、全身なんらかの影響を受けていると言う訳だ。
口腔内マクロバイオームと腸内マクロバイオームは、身体の免疫システムに密接に関連する微生物相だ。口腔内マクロバイオームは口腔に存在する細菌、ウイルス、真菌、原生生物などの総称で、健康維持に重要な役割を果たすが病原性を示すこともある。一方、腸内マクロバイオームは腸に存在する微生物群で、主に大腸に存在し、消化、栄養吸収、免疫調節、病原体からの保護などに関与している。
このように、口腔内と腸内マクロバイオームは密接に関連し、相互に影響を与えている。口腔内の微生物は食物と一緒に腸に移動し、腸内マクロバイオームに影響を与える。また、腸内マクロバイオームの不均衡が口腔内の炎症や病気を引き起こすことがあるため、両者は相互に影響を及ぼしあっていると言える。
そして、口腔内マイクロバイオームと腸内マイクロバイオームは、共にホストの免疫系に重要な影響を与える微生物群集だ。これらのマイクロバイオームは相互作用し、特に宿主の粘膜免疫機能に対して重要な役割を果たしている。それらとの関連のある物質を列記すると
1.Gut-associated lymphoid tissue(GALT):
腸管関連リンパ組織は、腸粘膜の免疫細胞を含む重要な構造であり、病原体や異物の進入を防ぐバリア機能を担っている。GALTは、T細胞、B細胞、樹状細胞、マクロファージ、自然免疫リンパ球 (ILC) など、多様な免疫細胞を含んでいる。マイクロバイオームは、GALTの発達や機能に影響を与える一方で、GALTはマイクロバイオームの構成やバランスに影響を与える。
マイクロバイオームがGALTに影響を与える方法としては腸内の善玉菌が、GALTにおける免疫細胞の発達と機能に影響を与えるシグナル分子を産生する。さらに、短鎖脂肪酸(SCFAs)を生成することで、免疫細胞の機能を調節する。一方GALTがマイクロバイオームに影響を与える方法としては、GALTは、病原性細菌を除去することで、腸内の細菌叢のバランスを維持する。そして、免疫細胞は、抗体や細胞性免疫応答を介して、特定の細菌の増殖を抑制または促進することができます。この相互作用により、GALTと腸管マイクロバイオームは、人体の健康を維持するために協調しているが、このバランスが崩れると、慢性炎症性疾患、自己免疫疾患、アレルギー、肥満、メタボリック症候群など、さまざまな疾患を発生する可能性がある。
2.パターン認識受容体 (PRR):
マイクロバイオームの細菌は、免疫細胞上のパターン認識受容体を介して、免疫応答を調節する。これには、Toll様受容体 (TLR) やNOD様受容体 (NLR) などが含まれる。細菌由来のリガンドがPRRに結合することで、サイトカインやケモカインの産生が調節され、免疫応答が最適化される。
3.IgA産生:
腸内マイクロバイオームは、分泌型IgA (sIgA) の産生を促進する。sIgAは、腸内細菌と粘膜表面との相互作用を調節し、細菌の過剰な進入や炎症を抑制する。
4.短鎖脂肪酸 (SCFA):
腸内マイクロバイオームは、食物繊維を発酵させて短鎖脂肪酸を産生する。SCFAにはバタイル酸やプロピオン酸、酢酸などが含まれ、T細胞の分化や免疫調節作用を持つサイトカイン(例:IL-10)の産生を促進する。
このようにしてマクロバイオームは以下の体に対して以下のような作用を及ぼしている。
1.自己免疫疾患とマイクロバイオーム:
マイクロバイオームの変化は、自己免疫疾患の発症や進行に関与することが示唆されている。細菌の分子擬態(分子相同性)は、免疫系が誤って自己抗原を攻撃する原因となる。これは、リウマチ性関節炎、多発性硬化症、炎症性腸疾患などの自己免疫疾患の発症機序に関与していると考えられている。
2.粘膜免疫の調節:
口腔内マイクロバイオームは、粘膜免疫の調節に関与している。口腔内の微生物は、サイトカインやケモカインの産生を調節し、マクロファージや樹状細胞などの免疫細胞の活性化や遊走を制御する。
3.エピジェネティクスとマイクロバイオーム:
腸内マイクロバイオームは、ホストのエピジェネティックな制御に影響を与えることが示されている。短鎖脂肪酸は、ヒストンデアセチラーゼ阻害剤として働き、遺伝子発現を調節することで、免疫応答や炎症を制御する。
4.バリア機能と腸管通過性:
腸内マイクロバイオームは、腸管上皮細胞間の結合を調節するタイトジャンクションタンパク質(ZO-1、オクルジン、クローディンなど)の発現に影響を与え、腸管通過性を制御する。腸管通過性が亢進すると、免疫応答が過剰になり、慢性炎症や自己免疫疾患が引き起こされることがある。
この様に免疫系をはじめとした様々な影響を及ぼすマクロバイオームだが、将来的には、個々のマイクロバイオームプロファイルに基づいた個別化された治療法や予防策が開発される可能性がある。一例としては、特定の細菌種による炎症性腸疾患の進行を抑制するプロバイオティクスの使用や、特定の遺伝子発現を調節することで自己免疫疾患の病態を改善するなどだ。また、非常に重要な事だが、マイクロバイオームは個々人に固有であり、環境、遺伝、食事、ライフスタイルなど多くの要因に影響される。これらの要因を考慮して、個別の患者に対して最適なマイクロバイオームを維持・回復する方法を提案することが重要となってくる。更に腸内フローラ移植においても、疾患ごとに最適なフローラの提供が可能となるだろう。
口腔内マイクロバイオームと腸内マイクロバイオームの相互作用と免疫系への影響に関する理解が深まるにつれ、疾患予防や治療の新たなアプローチが開発されることが期待されている。
そして、我々もこれらの遺伝子解析と臨床との関連性を確立できたらと思っている。
著者プロフィール
Dr.中川 泰一
中川クリニック 院長
1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。
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