医者が知らない医療の話
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第17回

「経口寛容」と腸内フローラ

《 2019.02.10 》

 ちょっと腸について長くなるが、免疫系にとって腸は非常に重要で面白いのでもうしばらくお付き合い願いたい。

 そもそも腸内細菌もそうだが、日々口にしている食物自体が免疫的には「抗原」に当たる。本来ならばこれら食物に対して免疫が働かなくてはならないが、そうはなっていない。
食事のたびに免疫応答が起こったりしたら、たまったものじゃないのはお分りいただけるだろう。生命の維持そものにかかわってくるからだ。
ところが、人間の身体は上手く出来ていて「経口寛容」という仕組みがある。どんなものかと言うと、経口的にある抗原を投与しておけば、その抗原が経口以外で投与されても抗原特異的な免疫応答が抑制されるというものだ。よくアトピーなどの「減感作療法」として用いられている原理だ。

 そして、この腸管免疫の特異的な現象である「経口寛容」の誘導にも腸内フローラが重要な役割を果たしている事がわかってきた。
どうゆう事かというと、腸内細菌が存在しなければ「経口寛容」が誘導されないのだ。(ちなみに、この事は無菌マウスの実験で立証されている。)

 これは前述したように、腸内細菌自身が腸管マクロファージとの間で免疫寛容を成立させているのと同じように、食物という「抗原」に対しても免疫寛容を成立させると言う事だ。

 ここで問題なのは、このように食物に対する免疫寛容(経口寛容)と言う仕組みが備わっているにもかかわらず、なぜ多種多様な食品に対するアレルギーがみられるかと言うことだ。

 これらのアレルギー反応はI型アレルギーである、IgE抗体による即時型アレルギー反応である。(例外的にIgE抗体が関与しない 、IL-18によるアトピー性皮膚炎もあるらしい。)
食物アレルギー、さらに言えば、同じI型アレルギーの花粉やハウスダスト等のアレルゲンに対するアレルギー反応の現象は食物アレルギーや花粉症としてよく知られている。

 ところが何と驚いたことに、これら食物や花粉、ハウスダストなどの物質が即時型アレルギーの原因となるIgE抗体の産生を引き起す原因「抗原」であると言う証明はなされていないのだ。

 すなわち現在考えられているように、卵アレルギー発生の原因は「卵」、スギ花粉症発生の原因は「スギ花粉」と言うような単純な考えではないのではないかという事だ。

 この事は前回少し触れたが、本来は有害な病原微生物に対抗する抗体や、T細胞受容体(TCR)などがそれらと遭遇する機会が稀になると、本来免疫の攻撃対象にならないような、変異した腸内細菌や粘膜をはじめ体内に常在する弱病原性のウイルスやカビなどに対する過剰な免疫応答よって産生されたIgE抗体の中に種々のアレルゲンに対する特異的抗体が含まれており、数々の種類の食物アレルギーや花粉症が発症するという説だ。
つまり、腸内フローラの総数だけでも、われわれの体細胞数の数十倍、個数にして優に100兆個以上に達するわけで、これらに対する獲得免疫応答による無数の特異的抗体の中に各種アレルギーやアトピー性疾患を引き起こす抗体を含んでいるのではなかろうかという説だ。

 現在のアレルギー発症の考え方と全く異なる考え方だが、成人してから発症したアレルギーなどこの説の方が説明がつきやすい。
「スギ」花粉症なら多くのスギ花粉に曝露して発症したと言われて何となく納得するが、例えば食物アレルギーでも多い甲殻類アレルギーの「カニ」アレルギーなど、「どれほどカニ食うとなるんだ?」と思いませんか?

 まあ、この説が正しかったとしても、アレルギーや自己免疫疾患の治療として、変異した腸内細菌を入れ替える腸内フローラ移植やマクロファージを活性化する事によって、腸内の免疫環境の改善が重要である事は変わりないと思われるけどね。

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著者プロフィール

中川 泰一 近影Dr.中川 泰一

中川クリニック 院長

1988年関西医科大学卒業。
1995年関西医科大学大学院博士課程修了。
1995年より関西医科大学附属病院勤務などを経て2006年、ときわ病院院長就任。
2016年より現職。


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