2020年の東京五輪ではゴルフ競技が霞が関CCで行なわれる予定になっており、今年のマスターズを制してメジャー通算15勝目を挙げたタイガー・ウッズも「是非とも参加したい」と積極的な姿勢を見せている。
ゴルフが112年ぶりに五輪競技に復活したのは2016年のリオ五輪からだった。そのとき、金メダルを獲得したのはジャスティン・ローズだった。
ローズは南アフリカ生まれ、ロンドン育ちの英国人。現在は米フロリダ州オーランドに居を構え、米ツアーを主戦場としている。2013年の全米オープン優勝を含め、米ツアー通算10勝を誇る38歳。そのキャリアの始まりは、実にセンセーショナルだった。
17歳のアマチュアとして出場した1998年全英オープンでいきなり4位タイに食い込み、世界を大いに驚かせたローズは、その直後に、その勢いのままプロ転向し、さらに世界を驚かせた。
しかし、その後は21試合連続予選落ちを喫し、以後、欧州ツアー初優勝までに4年、米ツアー初優勝までには12年を要した。
「僕は忘れられたゴルファーだった」
2010年のメモリアル・トーナメントを制し、とうとう米ツアー初優勝を挙げたとき、ローズがしみじみ口にしたそんな言葉が今でも忘れられない。
鳴り物入りでプロデビューしたとき、自分に向けられていた無数のスポットライトは、あっという間にすべて消えた。暗い道を一人で歩き続けてきたローズは、誰も振り向いてくれない日々の中、「孤独」の意味を感じ取り、同時に、マイナスをプラスへ変える楽しさも知ったのだそうだ。
「平凡で退屈な日々。孤独な日々。でも、そこで刻む一歩一歩が、じわじわ効いてくる」
初優勝後は、1つ勝ったら次々に勝った。2013年全米オープンでメジャー初制覇。2016年リオ五輪で金メダル獲得。2018年の秋には世界ランキング1位にも輝いた。
そうやって希望を打ち砕かれ、落胆や孤独を味わった末に再び輝きを取り戻したローズだからこそ、周囲に向ける彼の視線は優しくきめ細かいのだろうと思う。
手作り感覚のチャリティ
ローズが愛妻ケイトとともに「ケイト&ジャスティン・ローズ財団」を創設したのは、まだ彼が米ツアーで初優勝を挙げていなかった2009年のことだった。
未勝利とはいえ、ようやく高額賞金を稼ぎ始めていたローズは、ゴルフで生計を立てられる自身の人生に日々、感謝していた。
そして、ある日、こう思ったのだそうだ。
「もしも僕が十分な食べ物を得ることができず、十分な栄養を取ることができない環境にあったら、いいゴルフなどできるはずがない」
ローズは、その考えを社会の片隅で飢えに苦しむ幼い子供たちに当てはめ、想像した。
「きっちり食事ができなかったら、子供たちは、いい学習などできるはずがない」
教育関係機関に問い合わせたローズは「給食のように学校からの食べ物の提供が得られない週末にも、きちんと食事ができた子供たちは、学業成績も行動パターンも健康状態も格段に向上した」という調査結果を知らされ、財団の設立を決意したという。
とはいえ、ローズ夫妻は形にこだわらず、できることを手作り感覚で始めるというシンプルな発想からスタートしていった。
妻ケイトは、オーランド市内のベイヒルクラブ&ロッジで開催される米ツアー大会のアーノルド・パーマー招待に市内の小学生20人前後を連れていき、一緒に歩いて夫ローズのプレーを楽しく観戦させた。
ゴルフの難しいルールなど知らなくていい。選手たちの名前もゴルフの用具のことも何も知らなくていい。普段着のまま試合会場へ行き、明るい陽光の下で歩き、スポーツ観戦というものを楽しむことができれば、それだけでいい。
観戦後は、ベイヒルの18番グリーンの近くにあるサム・サンダース(パーマーの孫で米ツアー選手)の自宅へ小学生全員を連れていき、サンダースの妻の手料理でピクニック・ランチを楽しむ。
そういう体験が子供たちの心を開き、栄養ある食事が子供たちの体を元気にしてくれる。そう信じるローズ夫妻は、ゴルフにこだわらず、別の機会には小学生50人を近くのビーチへ連れていった。
砂浜で一緒に歩いたり、ゲームをしたり、ランチを食べたり。「一緒に遊ぶ」「一緒に食べる」の2つができれば、その内容は何だっていい。それがローズ夫妻が手掛け始めた手作り感覚のチャリティ活動だった。
やがて、ローズ夫妻は、また別のチャリティ活動も考え出した。それは、学校に「ベジタブル・ガーデンをつくる」というもの。家庭用品などを販売しているショップの協力を取り付け、市内の多数の学校に野菜庭園とそのツルなどによるシェイドを活用したパティオも併設した。
みんなで野菜を育て、収穫までの間はパティオを憩いのスペース、読書のスペースなどに役立てる。
「そして、収穫できた野菜を生徒たちがそれぞれ家に持ち帰り、家族と一緒に新鮮な野菜を味わってほしい」
それがローズ夫妻の願いだ。
特別じゃなくていい、ゴルフじゃなくていい
オーランド市内の小・中・高校を舞台にしたチャリティ活動が軌道に乗り始めた2011年、ローズは今度は自身の戦いの場である米ツアーを舞台にしたチャリティ活動に取り組み始めた。
1つバーディーを奪うたびに100ドルを寄付する「バーディー・フォー・ブレッシング」は、その後、複数の企業からの支援を得て、今ではローズが1つバーディーを奪うたびに子供2名の小学校在学中の全食費が賄えるのだそうだ。
そうやってローズ夫妻のチャリティ活動によって助けられた子供たちの人数は、すでにオーランド市内の5つの学校の合計1600人超に及んでいる。それでもローズ夫妻は自分たちに何かできることはないだろうかと日々考えている。
昨秋、オーランド市内に住む10歳の少年、タイラー・デービスくんは、自分が通う小学校の生徒全員に1人2~3冊の本が行き渡るようにしたいと思い立ち、独自で本を集め始めた。しかし、10歳の子供の力には限界があり、「あと400冊、足りない」。
そんなタイラーくんの苦境を聞きつけたローズ夫妻は、すぐさまタイラーくんを訪ねて市内の大型ブックストアへ連れていき、その場で本を400冊購入し、プレゼントした。
特別なことや大がかりなイベントをやらなくてもいい。ゴルフに限定しなくてもいい。できることから手掛け、子供たちが楽しく食べ、楽しく学べる手助けをする。そういうローズだからこそ、彼はメジャーチャンプになり、金メダリストになり、世界ナンバー1になることができた。
私は、そう信じている。