昨夏に開催された東京五輪・女子ゴルフで日本の稲見萌寧とのプレーオフに破れ、銅メダリストになったニュージーランドのリディア・コーが、表彰式でもメダリスト会見でも終始、穏やかな笑顔だったことが、昨日のことのように思い出される。
コーは2016年リオ五輪では銀メダルを獲得したが、東京五輪では金でも銀でもなく銅メダルになったが、彼女はそれを悔しがるのではなく、誇りに感じている様子だった。
「母国のために2つのメダルを得たことを私は誇りに思いますし、何より五輪をエンジョイできたことがうれしい」
決して負け惜しみではなく、いわゆる「大人の発言」でもなく、心の底から湧き出ていた感情だったのだろう。彼女の笑顔が、それを物語っていた。
振り返れば、コーの歩みは、世界を驚かせた数々の「史上最年少」記録に彩られた華々しいデビューから始まった。
近年には、不調に陥って苦悩した日々もあった。だが、ゴルフの好調・不調に関わらず、どんなときも彼女は周囲や社会に優しい視線を投げかけ、社会貢献やチャリティに熱心に取り組んできた。もちろん、今も――。
なぜ、彼女は、そこまで人々に優しくなれるのか。その答えは、彼女の考え方やポリシーを知れば、自ずとわかってくる。
コーの歩み
まずは、コーという選手のことを、ざっと紹介したいと思う。
彼女は現在24歳。生まれは韓国のソウルだが、6歳のとき、両親とともにニュージーランドへ移住した。
5歳からゴルフを始め、幼いころから頭角を現したコーは、2012年、オーストラリアツアーの「ニュー・サウス・ウェールズ女子オープン」をわずか14歳で制し、当時の世界のプロ大会における史上最年少優勝記録を打ち立てて大きな話題になった。
その年、全米女子アマでも優勝し、さらに米女子ツアーの「CNカナディアン女子オープン」を15歳で制覇して、LPGA史上最年少優勝を達成。
2013年に同大会を連覇後、プロ転向。LPGAのメンバー資格には「18歳以上」の規定があったが、コーには特例でメンバーシップが授けられた。
その後もコーの活躍はとどまるところを知らない様子だった。2014年には年間3勝を挙げてルーキー・オブ・ザ・イヤー受賞。2015年には男女双方で史上最年少記録となる17歳での世界ランキング1位に輝いた。
そして、2015年は年間5勝。そのうちの1つがメジャー大会のエビアン選手権優勝で、18歳でのメジャー制覇は史上最年少記録となった。
その翌年の春には、ANAインスピレーションでも勝利を挙げ、年をまたいでメジャー2連勝を達成。そして、同年のリオ五輪で銀メダルを獲得。
華々しい活躍の日々が続いていた。だが、彼女は眩しいスポットライトを浴びながらも、常に優しい視線を周囲へ向け、とりわけ社会の弱者を気遣っていた。
2014年には、経済的理由で十分に教育が受けられず、ゴルフに触れる機会もない子どもたちにゴルフを通じて人間教育をもたらす目的で米国に創設された「ザ・ファーストティ」のニュージーランド支部のアンバサダーに就任。
「ゴルフは私にたくさんのことを教えてくれました。そのゴルフをたくさんの子どもたちが知り、たくさんの発見をしてほしい。ゴルフを通じて、自分なりのゴールや夢を見つけてほしい。そのためのお手伝いがしたい」
2015年には「ニュージーランド女子オープン」の優勝賞金の全額を母国へポンと寄付し、ビッグニュースになった。ニュージーランドでは「リディアは女神だ」と喜ばれ、欧米メディアも、当時の米男子ゴルフ界で旋風を巻き起こしていたジョーダン・スピースとともに「スピースとコーがスポーツ選手のニュー・スタンダードになる」と絶賛した。
2017年にはISPSハンダ・オーストラリア女子オープンの大会アンバサダーとなり、障害者や災害被災者を救援するためのチャリティ活動にも参加した。
この他にも、米男子ツアーで行なわれている「キャディ・フォー・キュア」やアーニー・エルスが主宰する自閉症の子どもたちと家族のための「エルス・フォー・オーティズム」など、数々のチャリティ活動に積極的に加わり、コーは昔も今も変わらず力を注いでいる。
コース外のハッピーこそが大事
ずっと好調なゴルフを維持してきたコーが、2018年の優勝を境に勝利から遠ざかった。スイングに悩み、ゴルフに悩み、低迷している日々をどう受け止めたらいいのかに苦悩したキャリア初の低迷期。
そのとき彼女を救ったのは、仲間が口にしたこんな一言だった。
「ナンバー1だった過去の自分に戻ることはできない。でも今の自分でナンバー1に戻ることを目指すことはできる」
それからのコーは、そのときその瞬間を大事に、そして今まで以上に楽しみながら生きるようになり、楽しい人生があるからこそ、そこから素晴らしいゴルフが生まれることをあらためて実感したという。
心にかかっていた靄(もや)が晴れたことで、コーのゴルフは自ずと上向いていった。そして、ニュージーランド代表として東京五輪を迎え、笑顔で戦って銅メダルを手に入れたことを「誇りに思う」と喜んだ。
米女子ツアーではロッテ選手権を制し、通算16勝目を達成。悲願だったベア・トロフィーを授けられ、昨季は世界ランキング3位で充実の1年を終えた。
「優勝したら、もちろん、その日はとてもハッピー。でも優勝したことで、その翌日から自分がより良い人間になったり、より悪い人間になったりするわけではありません。それなのに、ゴルフの世界では結果が過大評価されています」
そう前置きした上で、コーはこう続けた。「ゴルフコース以外の場で、ずっとハッピーでいられることが何より大事。そうであることが、ゴルフコースにおいても自分をハッピーにしてくれて、だからいい結果につながっていくのです。だから私は、世界中のみんなが、まずそれぞれの人生においてハッピーになってほしい」
そうすれば、世界中で、たくさんの「いい結果」が生み出されるのだとコーは信じている。だから彼女は、いつも周囲を気遣い、チャリティ活動に精を出し、みんなのハッピーを目指している。