コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献

2023.2.15|text by 舩越園子

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2023年の年明け早々、米ゴルフ界で珍事が起こった。

今年のマスターズ出場資格を手に入れているスコット・ストーリングスという米国人選手の元に、昨年のうちに届くはずだったオーガスタ・ナショナルからのマスターズ招待状が、待てど暮らせど届かず、「どうして僕には招待状が来ないんだ?」と不安に思っていたところ、同姓同名の別人の家に届いていたという珍しい出来事だった。

ストーリングスはクリスマスの少し前から「1日に5回も6回も郵便受けをチェックしていた」そうだが、いくら覗いても、待ち侘びていた緑色の封筒は見当たらず、「何か特別な理由で僕の出場が取り消されてしまったんだろうか?」と心配になっていた。

だが、暦が2023年に変わるやいなや、ストーリングスのSNSのアカウントに、まったく知らない人物からダイレクト・メッセージが寄せられ、その文面を見たストーリングスは仰天させられ、そして大喜びした。

そのメッセージは同姓同名の「もう一人のスコット・ストーリングスさん」から送られたこんな内容だった。

「ハロー、スコット!僕の名前は、あなたと同じスコット・ストーリングスです。僕の妻の名前は、あなたの妻と同じジェニファーです。僕はジョージア州に住んでいますが、テネシー州にコンドミニアムを持っていて、どうやら僕のコンドミニアムはあなたの自宅の近くのようです。
そこにマスターズの招待状が届いたのですが、この招待状、100%僕宛ではないと確信しました。僕もゴルフをしますが、マスターズに招待されるほどの腕前ではありませんからね。
きっと僕の名前と僕の妻の名前が、あなたとあなたの奥さんの名前と同じで住所も近いことで混乱が起こったのですね。
連絡をいただければ、僕は喜んでこの招待状をあなたに送りますよ」

偶然に偶然が重なった末の配送上の手違いだったようだが、ともあれ、同姓同名の人物がナイスガイだったおかげで、招待状は無事にストーリングスの元に届けられ、この珍事は一件落着となった。

人生の岐路とインスピレーション

ストーリングスは37歳の米国人選手。マサチューセッツ州で生まれ、テネシー州で育ち、現在もテネシー在住だ。

地元のテネシー工科大学を卒業後、2007年にプロ転向。下部ツアーを経て、2011年からPGAツアー参戦を開始し、2011年に初優勝、2012年に2勝目、2013年に3勝目を挙げて順調に成績を向上させていた。勝利を挙げたことで、マスターズにも3年連続で出場したが、その後は勝利から遠ざかり、オーガスタ・ナショナルからも遠ざかってきた。

だが、昨年は安定して好成績を重ね、最終戦のツアー選手権に出場したことで2023年マスターズの出場資格を満たし、生涯4度目となるマスターズ挑戦に胸を躍らせていた。

だからこそ、オーガスタ・ナショナルからの招待状が届く日を、ストーリングスは心待ちにしていたのだ。

ストーリングスがどんな人柄で、どんな選手であるかは、日本ではあまり知られていないと思うのだが、彼はインスピレーションを大切にするタイプであり、自身の人生の岐路で必ず強いインスピレーションを得てきたという。

たとえば、ストーリングスは12歳だった1997年にタイガー・ウッズがマスターズを2位に12打差で圧勝した様子を目にして「ビビッと感じるものがあった」。

その日を境に、彼は他のスポーツをすべて止め、ゴルフだけに専念。プロゴルファーへの道を突進し始めたそうだ。

固い意志を貫き通してプロゴルファーになったが、「もしもプロゴルファーになっていなかったら、小児科医になっていた」というほど、ストーリングスは子どもが好きで、そして誰かのために役に立つこと、誰かを助けることが好きなのだそうだ。

いざ、プロゴルファーになってから、一番心が揺さぶられた日は、「アーミー(米陸軍)の舞台に赴き、戦地から帰還した負傷兵にゴルフを教えた日だ」とストーリングスは振り返った。

手や足を失った元兵士たちが、肉体的ハンディキャップをモノともせず、果敢にゴルフに挑む姿を目にして「圧倒された」というストーリングスは、以来、負傷兵を支援する米国の非営利団体「ウーンデッド・ウォリア・プロジェクト」の活動に参加し始め、アフリカなどの未開地の人々を支援する活動にも加わり始めたそうだ。

ジュニアゴルフ天国へ

やがてストーリングスは、プロゴルファーだからこそできる社会貢献をしようと思い立ち、「スコット・ストーリングス・キッズ・プレー・フリー・ジュニアゴルフ・イニシアチブ」という活動を立ち上げた。

地元テネシー州のゴルフ連盟の協力を得て、州内のビバリー・パーク・ゴルフクラブで「18歳以下の子どもは、365日、いつでも無料でラウンドできる」というシステムを作り出したところ、大きな反響を得た。支援を申し出る企業やゴルフ場も増えていき、2018年には州内の2コースが、2021年には4コースが子どもたちに無料ラウンドを提供するようになった。

創設以来、この8年ほどで3000人以上の子どもたちが延べ29000ラウンドを楽しんだ。

そして昨年は、ストーリングスの名の下に4人1組で戦うチャリティ・トーナメントも開催。チームごとのエントリー・フィーは1300ドルと高めに設定。そこから得られた収益のすべてが、子どもたちの無料ラウンド・プログラムに寄付された。

ストーリングスのそうした熱心なチャリティ活動のおかげで、いまやテネシー州はジュニアゴルフの天国になりつつある。

待ちに待ったマスターズ招待状が誤って同姓同名の別人宛に送られるという珍事に巻き込まれたとはいえ、その別人が良き人柄の持ち主で、最終的にはハッピーエンドになったことは、ストーリングスの日ごろの行ないを神様が見ていたからかもしれないと私には思える。

そういえば、この珍事には後日談があった。ストーリングスは、招待状を受け取って転送してくれた親切な「ストーリングスさん」を今年のマスターズの練習日にオーガスタ・ナショナルへ招待したそうだ。

新年早々、思わず笑顔になるグッド・ストーリーだった。

次回は3月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 89. 運命の手紙、M・ウィアの社会貢献
  3. 88. 豪快なL・デービスのチャリティ活動
  4. 87. レジェンド「チチ」の秘めたる想い
  5. 86. パーキンソン病の選手のリアル・チャレンジ
  6. 85. P・スチュワートのスピリッツ
  7. 84. どんなときも、誰かのために
  8. 83. 「オーガスタの申し子」の過去と未来
  9. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  10. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  11. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  12. 79. 命のリレー、命のショー
  13. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  14. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  15. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  16. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  17. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  18. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  19. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  20. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  21. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  22. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  23. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  24. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  25. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  26. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  27. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  28. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  29. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  30. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  31. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  32. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  33. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  34. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  35. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  36. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  37. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  38. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  39. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  40. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  41. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  42. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  43. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  44. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  45. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  46. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  47. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  48. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  49. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  50. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  51. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  52. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  53. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  54. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  55. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  56. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  57. 34. それが「私の生きる意味」
  58. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  59. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  60. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  61. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  62. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  63. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  64. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  65. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  66. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  67. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  68. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  69. 22. 帝王の優しき野望
  70. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  71. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  72. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  73. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  74. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  75. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  76. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  77. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  78. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  79. 12. 選手もキャディも主役になった日
  80. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  81. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  82. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  83. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  84. 07. デービス・ラブの愛
  85. 06. 彼が国民的スターである理由
  86. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  87. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  88. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  89. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  90. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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そして逆境を乗り越えるために 一番大事なものとは……。

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 89. 運命の手紙、M・ウィアの社会貢献
  3. 88. 豪快なL・デービスのチャリティ活動
  4. 87. レジェンド「チチ」の秘めたる想い
  5. 86. パーキンソン病の選手のリアル・チャレンジ
  6. 85. P・スチュワートのスピリッツ
  7. 84. どんなときも、誰かのために
  8. 83. 「オーガスタの申し子」の過去と未来
  9. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  10. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  11. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  12. 79. 命のリレー、命のショー
  13. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  14. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  15. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  16. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  17. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  18. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  19. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  20. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  21. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  22. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  23. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  24. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  25. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
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  27. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  28. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  29. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  30. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  31. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  32. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  33. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  34. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  35. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  36. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  37. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  38. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  39. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  40. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  41. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  42. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  43. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
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  45. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  46. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  47. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  48. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  49. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  50. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  51. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  52. 39. メジャー・チャンプの恩返し
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  62. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  63. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  64. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
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  72. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  73. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  74. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  75. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  76. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  77. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  78. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  79. 12. 選手もキャディも主役になった日
  80. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  81. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  82. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  83. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  84. 07. デービス・ラブの愛
  85. 06. 彼が国民的スターである理由
  86. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  87. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  88. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  89. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  90. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい