コラム・連載

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

パーキンソン病の選手のリアル・チャレンジ

2024.8.15|text by 舩越園子

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アメリカのPGAツアーのシニア部門であるチャンピオンズツアーに、パーキンソン病を抱えながらも出場し続けているチャレンジャーがいる。オーストラリア出身の53歳、ジョン・センデンという選手だ。

米ゴルフウィークによると、センデンは50歳の誕生日を迎え、これからシニアの世界で楽しみながらツアー生活を送ろうと思っていた矢先にパーキンソン病と診断されたという。

「言葉にはできないほどのショックを受けた」

しかし、センデンは力の限り、試合に出続け、「パーキンソン病でありながらツアーで優勝を成し遂げた史上初で唯一のチャンピオン」になることを目指している。

とはいえ、「2つ以上の動作を同時に行なうことはできない」「突然、意識を失ったかのように1点を見詰める」「クラブを握ることが難しくなることがある」「言葉が出てこない」「うまくしゃべれない」など、すでにパーキンソン特有の症状がいくつも出始めているそうで、一般的に考えれば、「ツアープロとして試合に出ていることは、奇跡的としか言いようがない」と米国の医療関係者は口を揃えているそうだ。

センデン自身、「痛みを伴ったり、自分を必死に鼓舞したりしている。苦しくないかと問われたら、とても苦しい状況に何度も襲われている」と明かしている。

壮絶な日々と向き合いながら、それでも彼が試合に出続けているのは、なぜなのか。
「パーキンソン病に勝つと決めたからだ。パーキンソン病でありながら、ツアーで勝つことは、まだ誰も、トライしたことも達成したこともない。だからこれは正真正銘のリアル・チャレンジだ。それを私が成し遂げたい」

「感謝」の心で、チャリティ活動へ

センデンは、日本のゴルフファンにとっては、あまり馴染みがない選手かもしれないが、かつてPGAツアーで戦っていた日本の田中秀道は、当時からセンデンを絶賛し、多大なるリスペクトを払っていた。

「ジョン・センデンはツアーで最も美しいスイングの持ち主です」

オーストラリアのブリスベン出身のセンデンは、1992年にプロ転向し、2002年からPGAツアーに参戦。2006年ジョンディア・クラシックで初優勝を挙げ、2014年にはバルスパー選手権でも勝利して、通算2勝の実力者となった。メジャー4大会でも、しばしば上位に食い込み、底力を示してきた。

しかし、2017年のチューリッヒ・クラシック・オブ・ニューオーリンズの開幕前に、誰にも何も告げずに試合会場から姿を消し、周囲を驚かせたことがあった。

聞けば、あのときは当時13歳だったセンデンの長男ジェイコブくんが脳腫瘍と診断され、センデンは自分のゴルフは放り出して、一目散に母国オーストラリアへ帰国。

以後、14か月間、ツアーを欠場し、ジェイコブくんの入院や手術、治療のために奔走したという。

幸いにもジェイコブくんは徐々に快方へ向かっていき、センデンは「息子のために多大なるサポートをしてくれた医療関係者やツアー仲間、母国の友人知人、そして幸運を授けてくれた神様や女神様に心の底から感謝した。息子が元気になったこれからは、今度は私が社会に恩返しをしたい」。

それからというもの、センデンはチャリティ活動に精を出すようになり、彼は社会への「ギビングバック」を自身の信条に掲げるようになった。

白血病で命を落としたオーストラリア出身のPGAツアー選手、ジャロード・ライルの家族や白血病と闘っている患者とその家族のために、2021年ごろからチャリティゴルフトーナメントを開催。

その後も、ジョン・センデン・チャリティ・ゴルフは、全米やオーストラリアの各地で行なわれるようになっていった。

行けるところまで行こう

息子のジェイコブくんがすっかり回復し、順調に成長している姿に安堵したセンデンは、50歳の誕生日を迎えるころに「これからは、少しゆったりした気持ちで、シニアのチャンピオンズツアーで楽しみながらプレーしよう」と考えていた。

その矢先に、今度はセンデン自身がパーキンソン病と診断され、「言葉を失った。これ以上ないほどのショックを受けた」。

しばらくは衝撃から立ち直れず、失意の底にあったそうだが、センデンは考え直し、気持ちを前に向けて生きていこうと心に決めたという。

「いずれは、クラブを握れなくなるだろう。体の半身が動かなくなったり、その逆側が動かなくなったりするだろうとも言われている。そういう日は、やがて訪れる。でも今は、試合から離れることもゴルフをやめることも考えてはいない。そんなことは考えず、とにかく、行けるところまで行こうと思う」

試合会場には、医療関係者を含めた特別チームを編成し、同行してもらっている。愛妻ジャッキーあるいは20歳になった息子ジェイコブくんも必ず同行し、センデンが試合で戦うための手助けを懸命に行なっている。

そのための経費は多大なる金額になり、もはやセンデンが稼いでいる賞金は決して多くはないため、愛妻ジャッキーは「出るたびに赤字はどんどん膨らんでいる」と明かしているが、「お金のことは、あとからどうにでもなる。なんとでもなる。でも、夫がゴルフを続けられるのは今しかない。秒読みなんです。だから赤字なんて、どうでもいい」。

チャンピオンズツアーでは、これまで64試合に出場し、予選通過は60回。今季もすでに10数試合に挑み、トップ10入りもやってのけている。

「パーキンソン病で、これだけ試合に出て、実際に戦えていることは奇跡的だ」

センデンの挑戦を耳にした米国の医療関係者は、みな驚きの視線を向けている。

「パーキンソン病でありながら、ツアーで優勝するなんてことは、これまで誰一人、やってのけたことはないよね。私にとっても、正真正銘のリアル・チャレンジだけど、やってやれないことはない。自分と闘い、そして優勝したい。私が戦う姿を1人でも多くの人々に見てもらい、勇気や元気を抱いてもらえたら、私はそれが一番うれしい」。

それは、センデンだからこそできる貴重で最高の社会貢献だ。いや、彼にしかできない社会へのお返しであり、社会への激励にもなる。そんなセンデンのリアル・チャレンジを私も見守っていきたい。

次回は9月15日公開予定!

バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 89. 運命の手紙、M・ウィアの社会貢献
  3. 88. 豪快なL・デービスのチャリティ活動
  4. 87. レジェンド「チチ」の秘めたる想い
  5. 86. パーキンソン病の選手のリアル・チャレンジ
  6. 85. P・スチュワートのスピリッツ
  7. 84. どんなときも、誰かのために
  8. 83. 「オーガスタの申し子」の過去と未来
  9. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  10. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  11. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  12. 79. 命のリレー、命のショー
  13. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  14. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  15. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  16. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  17. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  18. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  19. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  20. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  21. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  22. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  23. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  24. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  25. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  26. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  27. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  28. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  29. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  30. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  31. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  32. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  33. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  34. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  35. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  36. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  37. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  38. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  39. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  40. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  41. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  42. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  43. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  44. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  45. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  46. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  47. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  48. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  49. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  50. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  51. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  52. 39. メジャー・チャンプの恩返し
  53. 38. 「思い出づくり」と「自転車づくり」
  54. 37. 米ツアーの黒人選手の「声」の力
  55. 36. スネデカーは「超ナイスガイ」!
  56. 35. 「世界を救うため」動いたジュニアゴルファー姉妹
  57. 34. それが「私の生きる意味」
  58. 33. 「いつかは、私が」と誓った物語
  59. 32. 亡き母の名を冠したマンモバンを走らせて
  60. 31. ケビン・ナの人気が静かに高まりつつある理由
  61. 30. ゴルフ界の「子育て」と「本当の女王」
  62. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  63. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
  64. 27. 世界ナンバー1の「自分流」チャリティ
  65. 26. 「手作りゴルフ場」から出発したプロゴルファーの社会貢献
  66. 25. ゴルフ金メダリストが考える手作り感覚のチャリティ活動
  67. 24. 惜しみなく与える「DJ」の物語
  68. 23. 輝く未来を抱くチャンス
  69. 22. 帝王の優しき野望
  70. 21. 「パットの名手」は「チャリティの名手」
  71. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
  72. 19. ゴルフの世界でも「類は友を呼ぶ」
  73. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  74. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  75. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  76. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
  77. 14. 苦労したからこそ、若者たちを手助けしたいと動き出したトニー・フィノウ
  78. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
  79. 12. 選手もキャディも主役になった日
  80. 11. タイガー・ウッズの真心のチャリティ
  81. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
  82. 09. ベン・クレーンの終わりなき社会貢献
  83. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  84. 07. デービス・ラブの愛
  85. 06. 彼が国民的スターである理由
  86. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  87. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
  88. 03. マスターズ2勝のバッバ・ワトソンが一人の人間として抱く夢
  89. 02. 全英オープン覇者、ジョーダン・スピースの強さの秘密
  90. 01. プロゴルファーも、お医者さまも?「らしさ」って、難しい

著者プロフィール

舩越園子 近影
舩越 園子(ふなこし そのこ)

ゴルフジャーナリスト

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

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バックナンバー
  1. ゴルフジャーナリストが見た、
    プロゴルファーの知られざる素顔
  2. 89. 運命の手紙、M・ウィアの社会貢献
  3. 88. 豪快なL・デービスのチャリティ活動
  4. 87. レジェンド「チチ」の秘めたる想い
  5. 86. パーキンソン病の選手のリアル・チャレンジ
  6. 85. P・スチュワートのスピリッツ
  7. 84. どんなときも、誰かのために
  8. 83. 「オーガスタの申し子」の過去と未来
  9. 82. 「破竹」のナップが願うこと
  10. 81. M・ホーマの「故郷への恩返し」
  11. 80. トレーラーハウスで誓ったこと
  12. 79. 命のリレー、命のショー
  13. 78. 奇跡の復活優勝、「ミーアのミラクル」
  14. 77. 「永遠の女王」A・ソレンスタム
  15. 76. L・グローバーを大きく開花させたもの
  16. 75. 大きなゴールのための小さな目標
  17. 74. 「三つ子の魂」子どもたちのヒーロー
  18. 73. 「誰かのため」を最優先するホブランは、だからこそ人気急上昇中!
  19. 72. 亡き母のために「優勝して財団設立」を目指したW・クラークの勝利
  20. 71. 「脚光」と「薄幸」のビッグスター
  21. 70. 何かに苦しむ誰かのために活動する「フェアウエイの妖精」
  22. 69. 「0.006%」を潜り抜けたバックリーがもたらす幸運
  23. 68. 故郷をジュニア天国へ。S・ストーリングスの社会貢献
  24. 67. 鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ
  25. 66. 「ナイスガイだからこそ」のメジャー制覇と社会貢献
  26. 65. 個性派M・A・ヒメネスの恩返し
  27. 64. 全英女子オープン覇者がプロゴルファーである理由
  28. 63. メジャー3勝、だからこそ「感謝」と「貢献」
  29. 62. アフリカに水をもたらすゴルフ界のレジェンド
  30. 61. 一人の少年を讃えたフリートウッドの想い
  31. 60. 母国を離れて戦うC・スミスの母国愛
  32. 59. コロナ禍の犠牲者のために尽くした素晴らしき選手
  33. 58. 親友が闘病しながら創設した財団を守り続けるプロゴルファー
  34. 57. 救った子供が未来を救う、だからこそ救いたい
  35. 56. 「みんなのハッピー」を目指す女子ゴルフのスター
  36. 55. バレステロスからラームへ、スペインのヒーロー誕生物語
  37. 54. マリア・ファッシは幸せを運ぶアンバサダー
  38. 53. 「小さな奇跡」を信じて戦う意味
  39. 52. クールなP・カントレーの温かい社会貢献
  40. 51. L・トンプソン流、ユニークな社会貢献
  41. 50. 母国への想いが奇跡を起こす!?
  42. 49. 無名の48歳の「好きな言葉」「嫌いな言葉」
  43. 48. B・デシャンボーの熱くて厚い義理人情
  44. 47. 絵を描き続ける「みんなのヒーロー」
  45. 46. 助けたからこそ、助けられたゴルフ人生
  46. 45. 夢を追いかけられる社会にしたい
  47. 44. 負けても笑顔を輝かせた意味
  48. 43. 優しく強くなったR・マキロイの社会貢献
  49. 42. ファンファーレで送り出したい全英チャンプ
  50. 41. 「僕はそういう僕でありたい」ビリー・ホーシェルの感謝と恩返し
  51. 40. チャールズ・ハウエルの恩返し
  52. 39. メジャー・チャンプの恩返し
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  57. 34. それが「私の生きる意味」
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  62. 29. 苦難を乗り越えた3世代の物語
  63. 28. 光が当たらなかった場所に光を当てる
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  71. 20. 「ケビン・キスナー」の名前と存在感
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  73. 18. ライオン・ハートのジョン・デーリー
  74. 17. 往年の名選手と名キャディからの贈り物
  75. 16. 「たった4勝」でも「メジャー無冠」でも、どんどん高まるリッキー・ファウラーの人気
  76. 15. ジャロード・ライルの36年の人生が残してくれたもの
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  78. 13. 授かった幸運を不運な人々のために役立てたいと願うジム・フューリックと妻の社会貢献
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  81. 10. 闘病しながらチャリティにも精を出し、「とてもラッキー」と言い切る強さ
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  83. 08. だから、アーノルド・パーマーは誰からも愛された
  84. 07. デービス・ラブの愛
  85. 06. 彼が国民的スターである理由
  86. 05. ゴルフより大切なものを知って強くなったプロゴルファー
  87. 04. アーニー・エルスの山谷の越え方
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