米男子ツアーは早くも9月から新しいシーズンが始まっている。
その開幕第2戦、サンダーソン・ファームズ選手権で25歳の米国人、サム・バーンズが勝利し、通算2勝目を達成した。
バーンズの動きをカレンダー上に照らして見てみると、2021年が始まったとき、彼の世界ランキングは、まだ3桁の168位だった。しかし、今年だけで2勝をマークした彼は、ランキングを駆け上がり、今や世界のトップ20に数えられている。
米メディアは、そんなバーンズの急上昇ぶりを「まるでミラクルだ」と表しているが、バーンズ自身、サンダーソン・ファームズ選手権で優勝したことは「僕は、これまでも小さな奇跡をいくつか見てきたけど、今回、優勝できたことは、まさにスモール・ミラクルだ」と言った。
彼が口にした「スモール・ミラクル」という言葉には、生後わずか6週間の甥っ子の生命と健康を想う気持ちが込められていた。
歩みと成長
バーンズという選手は、日本のゴルフファンの間では、ほとんど知られておらず、昨年までは米国でも無名に近い存在だった。
ルイジアナ州で生まれ育ち、大学も地元のルイジアナ州立大学に進んだバーンズは2017年にプロ転向。2018年に下部ツアーのコーンフェリー・ツアーで1勝を挙げるなどの活躍を見せ、2019年からの米ツアー出場資格を手に入れた。
そして3年目を迎えた今年5月、バルスパー選手権で初優勝を飾り、2021-22年の新シーズンを迎えた今年10月、サンダーソン・ファームズ選手権で通算2勝目を挙げた。
「5月に初優勝して、自信が倍増したことが大きかった。この2勝目で僕の自信はさらに高まった。次のレベルへ進んでいきたい」
バーンズはそう語ったが、彼を成長させたものは、実を言えば、優勝した経験だけではなかった。
今年8月、世界選手権のフェデックス・セント・ジュード招待最終日、バーンズは3人によるサドンデス・プレーオフに絡み、勝利したのはエイブラハム・アンサーで、バーンズは松山英樹とともに2位タイになった。
あの日、72ホール目を先に終えていたバーンズは「もう荷物をまとめて帰ろうとしていたら、思わぬ展開になり、そして僕はプレーオフを戦うことになったんだ。そんなふうに、戦いには自分ではコントロールできない面がある。最後まで、何が起こるかわからない。だからこそ、逆に自分でコントロールできること、やるべきことを、常に必死にやるのみだ」
以来、バーンズはたとえ戦況がどう見えていようとも、自分の目の前の1打1打にベストを尽くそうと心に誓い、サンダーソン・ファームズ選手権でも、その姿勢を貫いた。
大会最終日を首位に1打差で迎えたバーンズは「ひたすらフェアウエイとグリーンを捉える。それが、僕がやるべきこと」と考え、「たとえ何が起ころうとも、そのゲームプランをやり通すと決めていた」。
大混戦になった最終日、バーンズは得意なはずのパットが今一つ振るわず、グリーン上では少々苦しんだ。しかし、パットの不調をショット力でカバーする見事なプレーを披露した。
72ホール目は、それまで安定していたショットが狂い、バンカーに捕まってボギーフィニッシュになったが、それでも堂々の優勝を飾り、「シーズンのグッドスタートが切れた」と満足げに語った。
親友、甥っ子、人々のために
バーンズが「勝ちたい」「上へ行きたい」と願う陰には、常に親友への想いがある。
「幼いころからずっと一緒だった僕の親友は、若年性糖尿病とともに生きている」
バーンズは、この病気のことをもっと世の中の大勢の人々に知ってもらい、治療のための研究開発を進めるための寄付を募るため、自身の財団を創設し、チャリティ・トーナメントを開くなどの活動も行なっている。
「そうやって友人の役に立つこと、同じ病気で苦しんでいる人々の役に立つことをしたい。それが、僕がゴルフで勝利を目指す意味です」
サンダーソン・ファームズ選手権で勝利を挙げたときもバーンズの胸の中には、親友への想いがあった。だが、あのときは、もう1つ、小さな命への想いを抱いていた。
「僕の甥っ子のマシューは、生後間もなく髄膜炎と診断され、大変な日々を過ごしてきた。今、生後6週間で、状態は少し落ち着きつつあることは、スモール・ミラクルだ。このミラクルは、甥っ子自身の記憶には、もちろん残らないだろうけど、姉夫婦が経験したこと、僕ら家族みんなが味わった想いは、生涯忘れない。僕のこの優勝が、甥っ子やみんなへのエールになれば、それが何より僕はうれしい」
最終日、バーンズは黄色いシャツを着てプレーしていた。イエローと言えば、かつて帝王ジャック・ニクラスが最終日に身を包んだ勝負カラーとして知られており、そのニクラスが現役引退後に全米各地に創設している小児病院、チルドレンズ・メディカル・ネットワーク・ホスピタルズを象徴するカラーでもある。
米ツアーもニクラスの小児病院へのサポートを行なっており、意を同じくする米ツアー選手たちは、その意思表示として試合でイエローのシャツを身に付けることが多い。
そんなイエロー・シャツ、イエロー・カラーの意味や効力をバーンズも知っており、親友や甥っ子を想う彼は、イエローがもたらすスモール・ミラクルを信じて、あの日、黄色いシャツに身を包み、1番ティに立った。
そして、彼は勝利を手に入れた。
「僕はこれまでも小さな奇跡をいくつか見てきたけど、今回、優勝できたことは、まさにスモール・ミラクルだ」
これからもバーンズは、小さな奇跡を信じてゴルフクラブを握り続けることだろう。彼が小さな奇跡を願う理由は、友人や家族、人々の幸せのために勝ちたい、役立ちたいという優しい想い。ただ、それだけだ。