新型コロナウイルス感染拡大の影響で大勢の人々が自粛生活を送っている今、ビジネスに従事する人々はオンライン会議で仕事を進め、アーチストや音楽家はオンライン・コンサートで人々に勇気や元気をもたらしてくれている。
SNSの世界では、4月に入ってから「#WeAreTheWorldChallenge」のハッシュタグが付された動画が頻繁にアップされている。次々に異なる人々が登場し、名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」のリメイク版を数フレーズ歌っては次の人へバトンタッチしてつなげるリレー方式で構成されている。
このリレー動画は、今や世界7大陸へ拡散され、たくさんの寄付が集まっているそうだが、その発起人が米国のトップ・ジュニア・ゴルファーである12歳と8歳の姉妹であることは、あまり知られていない。
歌で、みんなを助けたい
ゴルフのメジャー4大会の1つ、「ゴルフの祭典」マスターズは、毎年4月に米ジョージア州オーガスタのオーガスタ・ナショナルで開催される。
そのマスターズ開幕直前にオーガスタ・ナショナルで開かれるドライブ・チップ&パットは2013年に創設された子どもたちのための大会だ。
全米そして世界中の予選を勝ち抜いた7歳から15歳までの少年少女たちが「ドライブ(ショット)」「チップ」「パット」という3つのカテゴリーで腕を競い合う全国大会であり、最終決戦でもある。
昨年、7際から9歳の少女部門で6位に食い込んだアレクサンドラ・ファンはニューヨーク州出身の少女だ。
彼女には4歳年上のアメリという姉がいる。そして、この姉妹は今年4月の2020年大会への出場資格を2人揃って獲得。オーガスタ・ナショナルへの旅を楽しみにしながら、日々、腕を磨いていた。
ドライブ・チップ&パットの全国大会出場は今や世界中のジュニアゴルファーたちの憧れの的である。その出場資格を姉妹揃って手に入れることは、きわめて珍しく、ほとんど奇跡的と言っても過言ではない。
もちろん、アメリとアレクサンドラは、そのための努力を怠らなかった。NYの厳しい寒さの中、どうしても練習ができないときはインドアのシュミレーション・ゴルフで感覚を養ったり、トレーニングを行なったりと、さまざまな工夫を凝らし、4月の全国大会に備えてきた。
しかし、この姉妹の興味はゴルフにとどまることなく、むしろ社会のあちらこちらへ視線を向けていた。2人が通うイースト・ハーレムの学校には貧困家庭の子どもたちがたくさん通っているそうで、姉妹の父親タムいわく、「ランチを持ってくることさえできない子どもたち、暴力を受けている子どもたちを間近に見て、娘たちは何かを感じたのだと思います」。
ある日、姉のアメリが「歌を歌って、学校の友だちが抱える問題に社会の目を向けたい。ランチを食べられない子どもたち、辛い思いをしている子どもたちをみんなで助けたい」と言い出したそうだ。
父親タムは思案した挙句、1985年にアメリカで大ヒットした「ウィ・アー・ザ・ワールド」のリメイクを作ることを娘たちに提案。姉妹と両親の4人は、一家総出でアクションを起こした。
コロナ禍で一変
そもそも「ウィ・アー・ザ・ワールド」はアフリカの人々を飢餓と貧困から救う目的で1985年に作られたキャンペーン・ソングで、作詞・作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが担当。当時、世界的な大ヒットを記録した。
その後、2010年のハイチ地震の被災者支援のためにリメイク版「ウィ・アー・ザ・ワールド:25フォー・ハイチ」がリリースされたこともあった。
アメリ姉妹は、そんな経緯がある「ウィ・アー・ザ・ワールド」の替え歌バージョンを作ろうと考え、著作権などの権利を持つマイケル・ジャクソン・ファミリー・トラストやライオネル・リッチー・ファミリーに直接働きかけたというのだから、その行動力は見上げたものだ。
当初、姉妹は歌詞を変えたいと思っていたが、それは権利者サイドから拒否され、その代わり、オリジナルの楽曲の一部を編曲する権利(メカニカル・ライセンス)を授かった。
父親タムは「私たち家族は音楽の世界とは、まったく無縁で戸惑うことばかりでしたが、長女アメリの驚くほどの社交性や交渉能力で乗り越えました」と振り返った。
ピアノが得意な母親とアメリが試行錯誤しながら編曲に挑み、その傍らで姉妹は4月のドライブ・チップ&パット全国大会を目指してゴルフの練習に励み、さらに学校に通う多忙な日々。
しかし、3月半ば、オーガスタ・ナショナルはマスターズとドライブ・チップ&パットの延期を発表。新型コロナウイルスによるパンデミックは彼女たちの日々を一変させた。
世界を救うために何かしたい
「とても残念。でも、試合が延期になったおかげで、歌の制作に注げる時間が増えました」
自分たちが置かれた現状をポジティブに捉えた姉アメリは、母親のピアノ伴奏に合わせて「ウィ・アー・ザ・ワールド」を歌い上げる動画を収録。
元々はNY近辺の子どもたちを貧困や暴力から救うためのチャリティが目的だったが、その対象をコロナ禍で苦しむ人々へ広げるためにSNSで広く呼びかけることを思いつき、「#WeAreTheWorldChallenge」を付けて、4月5日にリリース。
すると、瞬く間に全米へ、世界中へと拡散されていき、早くも寄付金は2万ドル、3万ドルと増えつつある。
ライオネル・リッチーを中心としたNY州ロング・アイランドのアーチストたちの間にも「#WeAreTheWorldChallenge」が広まり、巨大な輪ができつつある。
姉アメリは「本当だったら、今年4月にドライブ・チップ&パットに出て優勝して、その優勝スピーチのときに歌のリリースを発表して世界に広めて、たくさんの寄付金を集めたいと思っていました。オーガスタには来年4月に妹と一緒に行けることを楽しみにしています。私は世界を救うために何かパワフルなことをしましたと言える人間になりたかったので、それができたことがうれしい」。
父親タムは「自分の娘たちがとても誇らしい。私はとても恵まれています」。
目指していた試合を奪われたジュニアゴルファーが、それでも人々のために、ゴルフ以外のことに挑戦し、大きな波を生み出した。将来、彼女たちが成長し、プロゴルファーになったら、世界中から尊敬される素晴らしい選手になるはずだと確信している。